【芝浦工大 蟹澤教授】持続可能な工務店を目指し、大工の社員化と多能工化を提言

芝浦工業大学 蟹澤宏剛 教授

現在、地域工務店は多くの課題を抱え、経営も岐路に立たされています。年々減少し、高齢化していく大工の確保、「働き方改革関連法」が2024年4月から建設業界に適用されることで時間外労働にも制限がかかります。

芝浦工業大学建築学部建築学科教授の蟹澤宏剛氏は、インボイス制度が2023年10月から開始されることを受けて、「これを機会に高齢の大工や零細工務店は、一気に廃業が進むのではないか」と予測しています。続いて、2025(令和7)年4月に施行予定の改正建築基準法では、建築確認・検査での「4号特例」が見直しとなり、工務店に負担がかかることは必至です。

そこで工務店に対して、「大工の社員化や縦の多能工化を展開していくことが重要になる」と提言する蟹澤教授にお話を伺いました。

高齢化する大工は今後も減少傾向続く

最盛期の大工の数は93万7000人であったが現在は1/3以下に減少している
最盛期の大工の数は93万7000人であったが現在は1/3以下に減少している(出典:総務省国勢調査

――小規模住宅建築業、工務店や大工が年々廃業している現状についてどうお考えですか。

蟹澤 宏剛氏(以下、蟹澤教授) かつての工務店は、地域の顧客の住宅を直接、建築していた形態のビジネスでした。しかし今は大規模なハウスメーカーなどの下請けとなっていることが増えています。

その下請工事でも、分譲住宅の建築工事の収益は高くありませんし、経営的に厳しいというのが率直な感想です。また、戸建て住宅建築工事の中でも、分譲住宅が増えて注文住宅が年々減少していますので、昔ながらの中小工務店の利益を確保するのが困難になっています。

東日本大震災以降、住宅建築での省エネ対応の法規制も進展し、これについていくだけでも大変でした。さらに大工は、1980年の93.7万人のピークから、2020年には29.8万人と1/3以上減っています。今から10年後には現状の数の半分、20年後には今の1/3までに減ると予測できますので、厳しい環境が続くと想定しています。

――実際、大工や工務店も高齢化していますね。

蟹澤教授 国勢調査のデータをみると、建設業界では、大工と左官の高齢化がとりわけ目立っています。大工は現時点で約4割が60歳以上となっています。高齢になっても働ける大工は一部いるでしょうが、ほぼ10年後にはこの年齢層の大工は引退されますので、大工の数が10年後にほぼ半減するという見立てはここからきています。

現実的に若い方が入職されず、高齢大工が引退されますから減少する未来しかないのです。

働き方改革関連法により工務店業界はどう変わるか

働き方改革関連法による時間外労働の上限ポイント
働き方改革関連法による時間外労働の上限ポイント(出典:スパイダープラス

――「働き方改革関連法」が2024年4月から建設業界にも適用され、月と年間の時間外労働も制限されることになります。いわゆる「建設業の2024年問題」ですが、これは住宅建築に限らず、小規模の建築事業主にとってはハードルが高いと思われます。

蟹澤教授 実際のところ、工務店としては大変という認識を持たれている事業主が非常に少ないことが問題と考えています。

「建設業の2024年問題」にしっかりと対応することは当然です。そこで「大変な問題」と受け止めて対応される事業主が多数であれば良いのですが、小規模の工務店の多くは対応の未着手、あるいは「建設業の2024年問題」は知っているけれども知らぬふりを決め込むか、実際に本当に知らない方もいます。

建設業は物流業界と同様、「働き方改革関連法」の適用については5年間延長されてきましたが、思い違いでまだ延長が続くと思い込まれている方もいます。また、請負だから「働き方改革関連法」の適用除外と考えている方もいるでしょう。

実際、戸建て住宅を建築する大工はほぼ社員ではありません。正確な数はわかりませんが、1~2割が社員でほかは専属下請け形態と推測しています。そもそも特定の工務店の仕事しか請け負っていない一人親方は、国土交通省や厚生労働省が指摘しているところの典型的な「偽装一人親方」※1ですから、本来は社員にしなければなりません。

  1. 偽装一人親方…工務店業界では、大工などの技能者のうち、実態は施工会社に雇われた時間で働く社員であるにも関わらず、成果で仕事を請け負う一人親方と偽装して働いている技能者を指す。とくに経営が不安定な施工会社は、社会保険料や雇用保険料などの支払いが必要ない請負契約の一人親方に見せかけるケースが増えている。

国も本格的に問題視している「偽装一人親方」

実際は労働者として扱うべきだが、会社都合で一人親方として扱われているケースもあるという。
実際は労働者として扱うべきだが、会社都合で一人親方として扱われているケースもあるという。(出典:国土交通省「建設業の一人親方問題に関する検討会」

――そういう中で蟹澤教授は、技能者の社員化を長年、指摘されてきました。

蟹澤教授 「偽装一人親方」的で働いている技能者の多くは、年金・健康保険などの社会保険に未加入者が多かったです。私が10数年前に調査したところ、厚生年金に加入されている技能者はほぼ2割というのが実態でした。それでも国土交通省は社会保険未加入対策を強化したため、未加入者はかなり減少しました。

当時、技能者は、「自分たちはサラリーマンと違って職人だから体が続く限りずっと働ける。そのため、年金がなくても生活できる」と言われていましたが、そういうわけにもいきません。

昔であれば、田舎から都会に出てきた技能者は、年を重ねて田舎に帰れば田んぼや畑、あるいは海と川があって生活できました。現在はずっと都会で生活している技能者が多いため、田舎に帰ることは現実的ではないのです。

私は、社会保険も未加入で税金も納めない、一人親方的に働く技能者が存在することはよくないと当時から考えていました。ですから、自分で法人を設立するか個人事業主となって社会保険に加入し、老後も安心して生活を送れるような環境整備が必要でした。

ゼネコンの世界、特に都市部においては、この社会保険未加入問題の解決がかなり進展していますが、地方の工務店業界では、この労災保険を含めた社会保険未加入問題が残っています。

厚生年金は個人では加入できませんし、国民年金は満額でも月約6万4000円ですから、首都圏では生活できません。そして大工は、怪我をして腰を痛めている方も多く、思った以上に長く働けないのです。

担い手人材育成の切り札。CCUSに期待

建設キャリアアップシステムの概要
建設キャリアアップシステムの概要(出典:一般財団法人建設業振興基金

――人材育成として、建設キャリアアップシステム(CCUS)※2が有効と考えておりますが、この点についてはいかがでしょうか。

蟹澤教授 CCUSにはいろいろな職種が登録していますが、大工は圧倒的に少なく登録率は5%に過ぎません。そこはゼネコンと工務店業界に温度差があります。たとえば鉄筋工や型枠工では100%以上の登録率です。

確かにCCUSにはいろんな意見がありますが、担い手確保・育成に関するいい特効薬としてCCUS以外になにか存在するのかといえば、難しいでしょう。CCUSは、身分が保証されている社員、もしくはきちんとした一人親方でなければ技能者登録ができません。確かに能力評価はまだ普及の途上にあります。が、今は4段階のごとに能力水準が示されています。国土交通省はそう遠くない将来に向けてレベルごとの賃金水準を示す方向です。

もし、CCUSに対して後ろ向きかもしくは取り組まないというのであれば、この大きな流れから取り残されることになりますから、やはり前向きに考えるべきです。

このような話をすると、「うちの大工を引き抜かれる」と反論する工務店もいます。しかし現状、安く囲い込む仕組みにより、大工の賃金が上がっていません。正直、大工の賃金は安すぎます。地方に行くと、大工の日当が1万5000~1万6000円、あるいはそれ以下と言われています。野丁場の鉄筋や鳶などの会社が20万円以上の高卒の初任給を提示している時代に、です。

大工を社員にせず、安く囲い込んでいれば、今後の大工減少の流れが続きますから、引き抜かれる可能性もあります。ですから工務店はある程度、大工を自社で囲い込み、また引き抜かれないよう処遇改善に努めるべきです。

  1. CCUS…技能者ひとり一人の就業実績や資格を登録し、技能の公正な評価、工事の品質向上、現場作業の効率化などにつなげるシステム。技能者114万人、事業者21.8万社が登録(うち一人親方は7万社)(2023年4月現在)

大工の大量引退で10万人減少する予測

一人親方・大工の大量引退がこの10年で進展する
一人親方・大工の大量引退がこの10年で進展する

――これから一人親方の大量引退、特に大工の引退が住宅建築業界に相当なインパクトを与えるものと思われますが。

蟹澤教授 これから5~10年で一斉に10万人が減少すると予想しています。そうなると住宅供給の観点からも大きな危機といえます。

大量引退が現実になった場合、注文住宅は施工力が高い工務店しか施工できなくなる可能性があります。分譲住宅は今よりもさらに施工の簡略化を進め、大工でなくとも施工できる工法が普及していくでしょう。これは大工や技能者が大量引退しますから、想定される未来です。

今も大手のパワービルダーの分譲住宅は、外国人技能実習生が施工していますから、大手はかなり施工システムを簡易化しています。今のところ、大工や技能者の手配は形にはなっていますが、かなり大変になっていると聞いています。

インボイス制度が零細工務店の廃業を促す

インボイス制度
インボイス制度が零細工務店の廃業を促す

――まさに危機的な状況ですね。

蟹澤教授 まず「偽装一人親方問題」は、今年の10月から開始するインボイス制度※3の時に、決着をつけなければなりません。

ただし工務店から見ると、移行期間があるため、急激な負担増にもなりません。これまで年間所得1000万以下の大工は免税事業者なので、消費税分は自分の手取りとなり、工務店はその分を控除可能でした。しかし工務店はインボイス制度開始後、免税事業者の大工の支払い分を控除できなくなります。

そこで工務店は、このインボイス制度において大工をどう処遇するかを決めなければなりません。まず大工の社員化、次に大工を免税事業者として認めつつも、一方控除ができないことついてやむを得ないと判断するか、さらには大工に対して課税事業者となることを要求しつつ、その消費税分についての賃金の支払いを上乗せするかなど、さまざまなことが考えられます。

次に「建設業の2024年問題」では、すぐには残業規制の取り締まり等にはならないと想定しています。しかし、少なくとも労働基準法での36協定結ばなければなりませんし、きちんとした就業規則も必要です。これは正確なデータではないですが、全国の工務店で36協定や就業規則を整備している企業は半分もないでしょう。ですから、国の働き方改革の動きについていけない工務店があることも考えられます。

また、2025(令和7)年4月に施行予定の改正建築基準法では、建築確認・検査における4号特例制度※4の見直しがあり、この動きについていけない工務店は出てくるでしょう。

インボイス制度と働き方改革により、高齢になった大工の引退と、零細工務店の休廃業・解散は進むとみています。

  1. インボイス制度・・・消費税(付加価値税)の仕入税額控除の方式の一つで、課税事業者が発行するインボイス(請求書など売手が買手へ、正確な適用税率や消費税額等を伝える請求書])に記載された税額のみを控除することができる制度のこと。
  1. いわゆる「4号特例」とは…建築基準法第6条の4に基づき、建築確認の対象となる木造住宅等の小規模建築物(建築基準法第6条第1項第4号に該当する建築物)において、建築士が設計を行う場合には、構造関係規定などの審査が省略される制度。今後は、伏図を書いて構造計算をしなければならない。

工務店業界に衝撃が走った「4号特例」の見直し

「4号特例」の見直しの資料
「4号特例」の見直しの資料(出典:国土交通省

――住宅建築業界での多能工も進んでいますが。

蟹澤教授 実際、分譲住宅について、クロス貼りや免許が必要な電気や配管以外は、ほぼ大工の仕事の範疇になっています。さらに言えば、システムキッチンやサッシ、便器なども含めた取り付け工事も大工が行っていることも普通です。

工務店が大工を社員化し、たとえば電気関係の資格を取得させ、電気工事も網羅できる大工とすることが、多能工化の第一歩といえます。次に、私は現場監督や図面も書くことができような大工を縦方向の多能工と呼んでいます。現場を知っていれば伏図も書けるでしょうし、伏図をパソコンソフト入力すれば構造計算だってできます。

工務店は、「4号特例」が廃止される中で、担い手も確保することも難しい。そこで大工を社員化し、あるいは、社員を大工にして縦方向の大工の多能工化を目指していくべきです。

持続可能な地域工務店への助言

持続可能な地域工務店への助言
持続可能な地域工務店への助言

――持続可能な地域工務店を目指していく中での助言をお願いします。

蟹澤教授 地域工務店は、分譲住宅業者と異なり、「家守り(いえまもり)」と言って、地域とずっとお付き合いしていくべきです。

しかし、現実には、新築を施工した地域工務店に、「ちょっと不具合があるから来て欲しい」とお願いしても来てくれないことが多いと聞きます。私は、来てくれるであろう工務店を選びました。

私が選んだのは、大工を社員にしている工務店です。大工が社員でない工務店は、請負で働く大工に、「ちょっと修理してきて」と依頼することはできません。

地域工務店は、本来新築して終わりではなく、その後の施主との付き合いは続くべきです。たとえば、施主と打ち合わせをして、「今は忙しいですが、1年後には立派なダイニングテーブルを取り付けることができますよ」「お子さん部屋を作るのであれば、ベッドも家具もつくりますよ」など、施主と一緒に家を育てていくようなビジネス形態が求められています。

今は、新築工事が頭打ちだから、よくリフォームに注力するという地域工務店が多い。他社が施工した家よりも、自社で施工した家を修繕した方がずっといいです。また、分譲住宅業者は、家を引き渡した後は、そこで施主との関係が終わるので、家を守ってくれる人がいなくなります。

こうした人々へのサービスとして、単なる修理やリフォームではなくて、もっといろんな意味で建物を施主とともに育てて、付加価値を向上できるような提案もすべきだと思います。

今、地域では家を守ってくれる存在がありません。そこで地域工務店としては、地域の家を守り、家のことで困っている住民を抱え込んでいくことが工務店業界には求められています。

芝浦工業大学建築学部建築学科教授 蟹澤宏剛氏

1989年 3 月に、千葉大学工学部建築学科卒、1992 年3月に千葉大学大学院工学研究科修士課程修了(工学修士)、1995年3月には、千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了 博士(工学)。2001年4月から2005年3月までに、ものつくり大学建設技能工芸学科専任講師。2003年4月から2005年3月まで関東学院大学工学部建築学科非常勤講師(建築構法)、2005年4月から2007年3月まで芝浦工業大学工学部建築工学科助教授、2007年4月から 2009年3月まで芝浦工業大学工学部建築工学科准教授を経て、2009年4月から2017年3月まで芝浦工業大学工学部建築工学科教授を経て、2017年4月から現職。

HP:https://www.arch.shibaura-it.ac.jp/kanisawa-lab/
researchmap:https://researchmap.jp/ksht

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