【昭和女子大学 中山教授】生活者の目線で木材の可能性を追求し、快適な生活空間の実現へ

昭和女子大学 中山榮子教授
昭和女子大学 中山榮子教授

古くから日本人の生活に密接に関わってきた木材。縄文時代以前から人々はその特徴を心得て、上手に暮らしの中に取り入れてきました。

今回は、木材をさまざまな角度から見つめ研究を深めてきた中山榮子氏に、木材や木質系のものを用いた快適な空間の作り方と、木材が持つ可能性についてお話を伺いました。

空間の快適さを自分でコントロールすることを目指して

――現在、どのようなご研究をされていますか。

中山 榮子氏(以下、中山教授) 大学の職責としては材料学系の分野です。木を使って快適な生活空間を作れるといいな、ということを目指しています。具体的には、その快適さを自分の求めている時にだけ得られる、自分で快適さをコントロールできる空間の研究を進めています。

木のある空間は、「のんびりできる」「勉強に集中できる」などと、一般的によく言われています。実際に、木がたくさんある空間とまったくない空間では、感じ方も血圧の数値なども異なります。では、その木がたくさんある空間の何にどのような効果があるのか。それがわかればコントロールもしやすくなるはずなので、研究室ではこうした点を科学的に追求しています。

――具体的にはどのような方法で快適さをコントロールするのでしょうか。

中山教授 いろいろありますが、例えば「香り」なら、すごく疲れて帰ってきた時や今日はリラックスするぞと思った日にだけ、その香りを使う、というような方法です。この時、気分がリラックスしたという体感だけではなく、血圧や脈拍、ストレスホルモンの値などが少し下がるなどの体の反応との両方を調べ、それぞれの関連性や自律神経とのバランスなどもみています。

また同じ「香り」でも、人によって差が出るものとそうでないものがあり、好みで結果が変わることもあるので、これをどう利用すればいいかも考えているところです。まだなかなか結論が出るところには至らないのですが、自分でコントロールできるようになることを目指して取り組んでいます。

自律神経機能診断装置
自律神経機能診断装置
唾液アミラーゼモニターと専用チップ
唾液アミラーゼモニターと専用チップ

――これまで多彩な研究をされていますが、共通していることはありますか。

中山教授 もともとは木材をあらゆるアプローチで研究する木材科学が専門です。研究の対象そのものが木材や木質系のもので、物理的、化学的、機械的、さまざまな手法を用いて研究を行ってきました。研究者は、ひとつのテーマをずっとやり続けることももちろんありますが、いろいろと条件が変わり、さまざまなテーマに挑戦することもあります。私の場合はその幅が少し広すぎましたが、共通するのは、「生活に役立つ」あるいは「私たちの生活を少しいい感じにする」ということです。過去には、PMやNOxなどの大気中の物質を扱う屋外の研究をしていたこともあります。この時、本当は室内空間を研究したかったのですが、後から振り返ると、家の中を知るためには外の環境を勉強していて良かったと思っています。結局どの分野もつながりがあり、生活に密着していると感じています。

先人の知恵を改めて見直し木質化率をアップ

――私たちが居住空間の快適性を向上するために木を取り入れるなら、どのようにすれば良いでしょうか。

中山教授 快適さのコントロールについてはまだ研究途中なのですが、好きなもの、心地よいと感じるものを取り入れてみるのはいいと思います。学生に聞くと流行などもあるようですが、お香やアロマなど比較的手軽に扱えるものもあります。

一方で、空間をどう作るのか、ということになると、内装の材料やそこで暮らす人がどのようなアクティビティをするのか、ということも関わってきます。少し汎用的にはなりますが、日本の人々は古くから、木材の材質にこだわりをもち、用途に合う木を選んで使用してきました。現代の言葉を使うと、“木材の多様性”を当たり前のように活用していたんですね。こうした文化に関心をもって木を取り入れていただくと、木質化率(内装や外壁に使われる木材の割合)が上がり、快適さの向上につながると思います。

――日本にはそれほどたくさんの木の種類があるのですね。

中山教授 日本には温帯林を中心に、小笠原諸島や沖縄などの亜熱帯林から北海道東北部の亜寒帯林までさまざまな森林帯があり、たくさんの種類の木が分布しています。以前フィンランドで研究していたこともあるのですが、北欧やカナダなどは木が多いイメージがあるので種類も多くありそうですが、日本とは比べ物にならないくらい少ないんです。その上、植物学的には違う木でも材質が似ていて育つ場所が近いと、一緒に切り出し、区別せずに扱うこともあります。

よく言われていることですが、『古事記』や『日本書紀』には53種類もの木が登場し、宮殿にはヒノキ、舟にはクス、棺にはマキと使い分けについても書かれています。これは基本的には伝承ですが、科学的にも正しい使い方だということが後にわかりました。もっと古い話ですと、縄文文化を今に伝える三内円山遺跡では、大きなやぐらはすべて栗の木でできていて、選択的に栗の木を使用していたという調査報告もあります。強度や含水率を調べる装置もなければ、他の測定機器もないのに、不思議ですよね。見事に使い分けていたんです。

木を長く効率よく利用する技術を次世代につなぐ

――古くからの言い伝えにならって木を取り入れると、機能性と快適さの両方を得ることができますね。工務店も木の良さを伝えることには貢献できそうですが、他に果たせる役割はありますか。

中山教授 私たち日本人は、木の種類を使い分けるだけでなく、木の部位も使い分けてきました。木の丸太から柱などを切り出す「木取り」などは、大工の棟梁の腕の見せどころだと言われていましたよね。こうした技術は受け継がれてきてはいますが、次の担い手を育てていく必要があると思います。その地域に受け継がれる柱梁を用いるような構造の建築は自社建築などには残っていると思うので、大切にしていってほしいです。

そうは言っても、技術の伝承をマニュアル化するのはなかなか難しいことかもしれません。一方で私たち研究者はその技術を科学的な裏付けをもって残していくことはできます。昔からの知恵を、さまざまな建築に活かしていけるように研究を進めることも重要なことだと思っています。

もう一つ、木材はとても長く使えるものなので、新しくどんどん使用するのではなく、現場の方々にも長く大切に使える方法を考えていただけたらいいなと思っています。今は、短いスパンで建て替えて廃棄すべきではないという考えに変わってきましたが、例えば法隆寺などの建築でおわかりのように、きちんとメンテナンスすれば、木は1000年、1500年ともつんです。一般住宅に1000年住み続けましょうというのはさすがに無理かもしれませんが、強度的には、切ったばかりの木は1000年後くらいの木材の強度とほぼ同じです。

――木の強度は、時間が経つにつれて上がり、その後また下がるということでしょうか。

ヒノキの強さの経年劣化
引用:森林・林業学習館

はい。なぜそうなるかというと、切ったばかりの木は、最初はすごくみずみずしいですよね。乾燥して水分が抜けると木材の中の成分がだんだん近寄って、中でも特にセルロースと呼ばれる成分が結晶化します。それで最初の200年くらいはどんどん強くなるんです。けれども木は生物体なので、光や紫外線に当たったり使ったりしていくうちにダメージを受けて少しずつ強度が下がっていく。でも少しずつなので木を切った時の強度と同じぐらいになるのには1000年くらいかかるんです。木を使う時にはぜひ、このことを考えてほしいなと思います。

伝統に新しい技術を融合し、より良い生活空間を作り出す

――木を守り使い続けていくために取り組まれていることや、今後考えうる新しい材料などはありますか。

中山教授 ちょうど最近、フィンランドの研究所と樹皮の抽出成分の研究をはじめました。当たり前ですが、樹皮は木の一番外側で木を守っています。この時、物理的にも守っているけれども、中の成分にも木を守るようなものがあるのではないかと考えています。それをうまく使えば、ダメージを避けながら木を使い続けることができるようになるかもしれません。

スギの樹皮(白いところが内樹皮)
スギの樹皮(白いところが内樹皮)

畳にしても木材にしても紙にしても、光によるダメージで色が変わってしまいますよね。色が変わるだけならば、それをうまく活かして生活できるようなこともあると思いますし、変わるのはほんの表面の部分だけなので、洗ったり削ったりして再生して利用するというのも今後は必要なのではないかと考えています。これもまた、昔の知恵に戻りますが、桐のたんすにカンナをかけてきれいにして使うのと同じですね。

私の研究は、人々がどのように暮らしているのかということと結びついているので、常に生活者の目線で考えるようにしたいと思っています。環境問題の解決も避けては通れない課題の一つです。木材にはまだまだ可能性がたくさん秘められていると思うので、木材や植物由来の材料を上手に使って、より良い生活空間を実現したいと考えています。

昭和女子大学環境デザイン学部環境デザイン学科教授 中山榮子氏

京都大学農学部卒、同院修了、博士(農学)京都大学。現職は、昭和女子大学生活機構研究科生活機構学専攻教授、昭和女子大学研究支援機器センター長。この間、理化学研究所共同研究員、フィンランド自然資源研究所(LUKE)客員研究員など。同じくこの間、日本木材学会理事、日本女性科学者の会理事、日本学術会議研究連絡委員、世田谷区清掃・リサイクル審議会会長、京都大学生存圏研究所運営委員会委員、国立研究開発法人審議会(農林水産省所轄)専門委員等々。著書に、『「木の時代」は甦る 未来への道標』(講談社)、『新訂 地球環境の教科書 10講』(東京書籍)など。

昭和女子大学 教員紹介・研究業績ページ:https://gyouseki.swu.ac.jp/swuhp/KgApp?resId=S000061
researchmap:https://researchmap.jp/read0025728

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