
地球温暖化でさらなる暑さが予想される夏。熱中症の危険度は年々上昇傾向にあります。一方で冬が暖かくなっているとはいえ、高齢化社会の我が国では、室内の温度差で倒れる人が多いという現状もあります。
それぞれの季節で、さまざまな影響を室内空間に与える日本の四季。今回は、建築環境分野で研究を行う名古屋大学教授の齋藤輝幸氏に、日本の風土に合った快適な室内環境の考え方や、エネルギー効率を高める住まいについてお話を伺いました。
人が過ごす環境に、より良い快適性を求めて

――現在、どのようなご研究をされていますか。
齋藤輝幸氏(以下、齋藤教授) 人の温冷感などの温度に対する快適性について研究を行っています。快適性を求めていくと空調設備が関わってくるので、設備側の省エネについても同時に考えています。ずいぶん昔は「とにかく快適であればいい」という風潮も一部でありましたが、今はさすがにそのようなことを言う人もいないですし、そういう時代ではありません。どのようにすればエネルギー消費量を減らせるか、あるいは増やさずに済むか、といった視点も合わせて考えています。
――齋藤教授が建築を、その中でも環境について研究されようと思ったのはなぜでしょうか。
齋藤教授 そもそも人に関わる学問を学びたいと思っていました。建築学科に進んだのは、人が暮らしていく上で建物は必ず必要だと思ったからです。建築の分野には大きな区分として、建物の内外のデザイン、地震や台風にも対応できる構造強度、そして環境・設備を考えるという3つがあります。この環境というのは、地球環境というよりも室内の環境ですね。そこから少し外へ出て都市環境なども含まれます。私はこの3つの中で環境分野を選びました。住宅での暮らし、昼間のオフィスでの時間、いずれにせよ人が過ごす場所の環境です。建築の中の一部でありなおかつ人を対象にしているので、当初から考えていた人に関わる学問、というのにも合致していると思っています。
環境の分野では、人がどう感じるのか、どう判断しどう動くのかといったことを考えます。建築計画の分野でも人の動きを考えたデザインや設計をするので近いところはありますが、より人に関わる温度環境などに焦点を当てたいと思いました。
――齋藤教授が執筆された「人間-生活環境系学会」ホームページ内のコラムを読ませていただきましたが、自然の風で過ごせる温度について書かれていましたね。
齋藤教授 温度についても書きましたが、あのテーマで大切なのは風速の方です。ある程度の風速が確保できれば、一般的にイメージしているより高い温度でも、暑くないとは言いませんが、人が快適さを感じることができます。条件をそろえて実験するとこうした結果が出ますが、実際の住宅の場合どの程度の広さなのか、戸建てなのか、集合住宅なのかなど、その環境はさまざまなので単純に比較できないこともあります。例えば、建物自体が熱を持ってしまうと暑く感じるので。
それから「通風」というと狭い意味では温度環境の調整が目的ですが、通風によって空気を入れ替えることは温度変化をもたらすだけではないため、研究の中では「換気」に関することも検討しています。空調とセットという感じでしょうか。
――快適さを感じるための要素は、温度だけではないのですね。
齋藤教授 一般的なことになりますが、屋外からもたらされる要素には、光や音、匂い、空気の質などあらゆるものがあります。いいものだけではなく、不快に思わない程度のものや、花粉や化学物質のように健康に影響があって取り入れない方がいいものまでさまざまです。
そこで重要なのは、その要素のどのくらいが適切かは人によって全然違うということです。例えば温度にしても、高めの方がいい人もいれば低くないと困るという人もいるので、何度がいいとひとつに決められるものではありません。光環境も同じで、日射がたくさん入ってきた方がいい人もいればそうではない人もいます。戸建て住宅を作る際には施主の要望に沿って設計されると思いますが、要求をピンポイントで反映するのではなく、その条件をカバーして調整できるように作ること、実際に幅を持たせて設計されていると思いますが、こうした自由度が大事なのではないかなと思っています。
快適かつ省エネを実現する住まいとは

――快適な室内環境の作り方や自然通風の活用、エネルギー消費を抑える住まいについてお話しいただけますでしょうか。
齋藤教授 季節によって対応が変わってきますので、まずは夏からお話ししましょう。
室内の温度調節には外側も併せて考える必要があり、夏は日射が入ってこないよう外側で遮る仕組みが必要だと考えています。最近の戸建て住宅には庇や軒が少ないように思います。台風で飛ばされてしまうという問題もあるし、少ないほうが見栄えがいいのかもしれませんが、庇のない住宅は日本の気候にはおそらく合ってないだろうと思います。
夏場この状態だと、窓を大きく開けて通風しようにも熱風しか入ってこなくなるので、通風の効果も小さくなってしまいます。海外の住宅は、特にヨーロッパなどではもともとあまり日射を考える必要のない地域が多いのでそれで良かったのだと思いますが、日本の気候はヨーロッパとは異なります。
――海外のデザインはステキだけれど、日本の風土を踏まえて、改めて家のデザインを検討してみてもいいかもしれませんね。
齋藤教授 そうですね。昔からそのように作られていたはずですが、もう一度見直してみてもいいのではないでしょうか。軒を多く出すと少し暗くなって照明を使うシーンは増えますが、それでもやっぱり軒は出した方がいいと思います。LEDならば光熱費を抑えることもできます。
そして夏は今後ますます暑くなっていくので、エアコンなどの冷房設備はさらに必要になると思います。少しややこしいかもしれませんが、住宅の断熱性が向上して日射がきちんと排除できると、冷房するためのエネルギーは少なくなるんです。また、これまでは冷房すれば連動して除湿されるのであまり気にされなかったのですが、冷房負荷が少なくなると今のままの方法では湿度を下げることが難しくなり、蒸し暑さを感じるようになります。無理に湿度を下げようとすると家の中が冷えすぎてしまうという問題も起きるかもしれません。そうすると、外に出た時にものすごく暑いので体も持たなってしまいますよね。冷房を控えめにしつつ除湿もするというのが、今後の課題だと考えています。
――冬の室内環境についてはどのように考えれば良いでしょうか。
齋藤教授 住宅の断熱性能は夏の室内環境にも有効ですが、冬もとても重要です。できるだけ断熱性能を上げて、ある程度閉め切った上で必要最小限の換気をしながら暖房をするのがいいと思います。
日射については夏とは逆で取り入れる必要がありますが、昔ながらの軒のある日本の住宅は、冬は太陽が低いところを通るので日差しが入るようになっています。日中家の中が暖まり、断熱性能が高ければこれを夜間まで維持でき寝室などの暖かさにもつながります。そして部屋が暖かいと風呂上がりに体が冷えないので、風呂の温度を熱くしなくて済みます。エネルギー消費も抑えられますが、浴室内の寒暖差を抑えることにもなります。
少し話がそれますが、風呂や脱衣所で倒れる人の数は交通事故での死亡者を上回っているそうです。風呂や脱衣所は湿気があって通風しなければならないので、窓や換気に意識がいって断熱が後回しになりがちです。快適さを向上するだけでなく安全に暮らすためにも、風呂の断熱や暖かさにも配慮していただきたいと思います。
――浴室や脱衣所の大きな窓はカビ対策などにも有効だと思いますが、断熱のためには窓を小さくするべきですか。
齋藤教授 私は常々、浴室に限らず住宅の性能をアップした上で自分で調節できる仕組みが必要だと考えているのですが、現代の窓の性能はずいぶん良くなっているので、小さくするよりもきちんとした性能の窓を取り付ける方がいいと思います。昔の窓はそこから多くの熱が出入りしてしまいますが、今は標準でも普通のペアガラスですしそれ以上の性能のものもあるので、コストはかかりますができればそちらを推奨されるといいと思います。
――夏と冬以外は、通風を活用することになりますね。
齋藤教授 中間期は省エネのためにも冷房暖房は使わずに過ごすのがいいと思います。状況に合わせた窓の開け閉めが大事なのですが、窓を1カ所開けるだけでは風が抜けないので、その地域が南北に風が通りやすいのか東西なのかを考えて、入る側と出る側の窓を開けられるようにしておく必要があると思います。さらにできれば上下も検討してください。2階建てだとおのずとできるかもしれませんが、温まった空気は上に上がっていくので、下から上に抜けていく風のルートを作ってもらうと効率が上がります。
建てた家を長く快適に使い続けるために

――これからの戸建て住宅についてのお考えをお聞かせいただけますか。
齋藤教授 皆さんは家の中で、一年を通して同じ場所で過ごすことが多いと思います。けれどもリビングやダイニングなど、初めに決めた部屋に縛られすぎているのではないかと思っています。戸建て住宅なら場所の選択の自由もあるので、例えば夏は涼しい北側に寄って過ごし冬は南側というように、季節に応じて過ごす場所を変える暮らし方もいいのではないかと考えています。建てた家を長く使い続けるために柔軟な発想は大切ですし、年齢や家族構成、住み手が変わった時にも対応できる住宅へと、そろそろ見直す必要があるのかもしれません。
――今後私たち工務店ができることについて、何かありましたらお願いします。
齋藤教授 住む人が、戸建て住宅はメンテナンスフリーだと思っているのではないかという心配があります。このフリーは、困った時に工務店に相談すればいいから、自分は何もしないという意味のフリーです。自分でも簡単にできるメンテナンスがあるはずです。これは自分でできるしやった方がいいという情報提供を工務店からするのはなかなか抵抗があると思いますが、今後は家を20、30年と言わずその倍以上持たせるために、住んでいる人が自分で手入れをしていく必要があるのではないかと。新しい技術や材料が出た時、一般の人よりも工務店の方が情報も得やすいと思うので、こうした知識もぜひ提供して信頼を育みつつ、戸建て住宅を長く使えるようにしていっていただきたいと思います。
――『イエ総研』でも情報提供の取り組みは行っていきたいと思います。ありがとうございました。
名古屋大学大学院環境学研究科教授 齋藤輝幸氏
名古屋大学工学部建築学科卒、同大学院工学研究科修了、博士(工学)名古屋大学。現職は、名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻建築・環境デザイン講座教授。この他、人間-生活環境系学会副会長、空気調和・衛生工学会省エネルギー委員会委員長など。受賞歴は、2015年に空気調和・衛生工学会第53回学会賞論文賞 学術論文部門、2017年に第31回振興賞技術振興賞、2018年に第6回カーボンニュートラル賞 中部支部、2024年に第12回カーボンニュートラル賞大賞。著書に、『建築・設備の省エネルギー技術指針 非住宅編, 2-1 室内環境』共著(空気調和・衛生工学会)、『建築設備と配管工事 特集:放射空調の最新動向』共著(日本工業出版)など。
名古屋大学 研究者総覧:https://profs.provost.nagoya-u.ac.jp/html/100001899_ja.html
researchmap:https://researchmap.jp/read0045975
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