
古民家などを訪れると、今の住まいとは空間の使い方がずいぶん違うことを実感します。家のつくりや間取りは時代ともに変化し、そこに住む家族の生活や関係性を表現しているようです。
現代の多くの住宅は、LDKといくつかの部屋のある閉じた空間で構成されています。こうした住まいの中で家族はどのように暮らし、どのような部屋の使い方をしているのでしょうか。
住居学が専門の昭和女子大学准教授番場美恵子氏は、変わっていく住まい方には家族関係の変化が影響しているといいます。これからの時代を豊かに過ごすには、どのような住宅にどのように住めば良いのか、お話を伺いました。
現代の住まい方からみえる家族関係の変化

――ご専門を教えてください。
番場美恵子氏(以下、番場准教授) 専門は住居学です。建築学と家政学を融合した学際的分野の一学問で、日本では1940年代に生まれた比較的新しい分野です。ハード(建築)とソフト(家政)の両方の視点からこれらの関係を追及していくものですが、住居に限らず地域施設や公共空間なども対象にしています。人々がどのようにその空間を使っているかを調査し、住まい方や行動の法則性を見出し、最終的にはそれを空間の提案につなげていきたいと思っています。
――現在、どのようなご研究をされていますか。
番場准教授 これまでずっと住宅の住まい方を研究してきたのですが、現在はおもに大学生の子どもがいる家庭で、家がどのように使われているかを調査しています。
きっかけはコロナの緊急事態宣言で、家族の在宅時間が増えたことでした。親の仕事も子どもの授業も家で行わなくてはならなくなり、家自体は変わってないけれども家の中で行われる行為は増えたという状況で、大学生の子を持つ家族が家をどのように使っているのかを調べることにしました。学生に依頼し、家族構成や家の間取り、それぞれの部屋の使われ方を調査しました。誰がいつどこで何をしているのかを詳細にみていくと、部屋の使われ方以外にもさまざまなことがみえてきました。
特に興味深かったのは、子どもと親の関係性が想像以上に密着していることでした。大学生は家族の中では子どもでも、年齢は大人。以前からそういう傾向があると感じていて、学生と話をしている中でも母親との密着が強いなと思っていたのですが、この調査を通してより強く感じました。
例えば、大学生くらいになると一人部屋を持っていて、寝る時は自分の部屋というのが主流ですが、自分の部屋があってそこに寝るスペースもあるけれど母親と寝ているという学生が思っていたよりも多くいました。中には両親と寝ているという回答もありました。女子大なので子どもの性別は女性に偏りがありますが、これが稀なケースではなく何割かにのぼります。
親子仲がいいのは良いことかなとも思いますが、親と密着しすぎるのは子どもの独立を阻む要因にもなり得るかもしれません。今時の親子関係と住まい方が興味深いなと思っていて、そういうスタイルに合わせるために今後どのような間取りが適しているのだろうと考えています。
現代の間取りやそれぞれの部屋の使い方

――「間取り」というと、2LDKや3LDKといった言葉をよく見聞きしますが、この使い方にも現代的な特徴があるのでしょうか?
番場准教授 現代の住宅は、戸建てもマンションもたいてい、リビング、ダイニング、キッチンという公室と、子ども部屋や夫婦の寝室のような私室で構成される「公私室型」です。2LDKや3LDKと表され、数字の部分が私室の数です。家を買う時には、親が二人、子どもが二人の4人家族なら、夫婦の寝室と子どもの個室、つまり家族人数−1の私室がある3LDKがいいかなと考えるのが一般的でしたが、実際はその通りに使われているわけではないようです。
その中で、大学生のいる家族を対象にみてみると、まず夫婦が一緒に寝ているかどうかは半々でした。子どもも一つずつ部屋を持っていてみんな別々に寝ると、部屋が足りなくなるケースが生じます。それでどうするかというと「母親はリビングで寝ている」などの公私室型に当てはまらない回答が出てきます。
公私室型の間取りは日本では戦後くらいから普及してきたもので、もともと日本の住まいは公私室型ではありません。そのため導入されて間もない頃は、公的な行為をするのはリビングで、私的な行為は私室とはっきりと分かれていませんでした。月日が経つともっと馴染んでいくと思われていましたが、逆に現在は以前よりも公私が曖昧になってきているようです。
――子どものいる家庭では、リビング学習という言葉も聞きます。これも私的な行為がリビングで行われている一例でしょうか。公室で行われる私的な行為にはどのようなものがありますか。

番場准教授 勉強する以外にも、スマートフォンをみる、趣味の時間を過ごすなどさまざまですが、ただぼーっとする、というのも私的な行為です。だから家族全員がリビングにいても、それぞれが別のことをしているという状況も多々あります。一昔前は子どもが部屋を持つと自室に引きこもってしまうことが問題視されていましたが、今は割とリビングに出てきているということですね。バラバラのことをしているけれども、一緒にいて嫌じゃない家族関係になっているということだと思います。
これにはやはり、親子関係の変化が大きく影響していると考えています。欧米では子どもは小さい頃から自室で寝ます。日本では、赤ちゃんは親と一緒に寝ると認知されていて、この当たり前は今も昔も変わっていません。何が変わったのかというと、その後の、子どもに対する接し方が変わったんです。親は本来子どもを自立させるために育てているはずですが、それよりも我が子が大事だったりかわいいと思ったりする気持ちが上回り、子どもと離れるきっかけを逃してしまっているように思います。
――子離れできていないともいえますが、親が子どもとの時間をそれだけ大切にしているということですね。公室を私室のように使う他の理由もありますか。
番場准教授 大学の立地的に都心やその近辺に住んでいる家族が多いので、そもそも部屋数が少ないという事情もあります。兄弟姉妹に平等に部屋が与えられているかという調査でも、上の子は個室があるが、下の子はリビングの横の和室やリビングの一角を私的なスペースとして使用しているという回答がありました。私室の快適性に不満があって、リビングに出ているという状況もあるようです。
家を購入したり引っ越したりするときに子どもが何人だから部屋数はこうだと、どの程度皆さんが検討しているのかはわかりませんが、型通りではないというのが現状だと感じています。
これからの時代に合う、暮らしを豊かにする住宅とは
――単刀直入に伺うと、家の間取りはどう考えれば良いのでしょうか。
番場准教授 3LDKの使い方が想定に当てはまっていないという話をしましたが、だからといってそれに代わる画期的なプランが出てくるかというと、そうでもありません。部屋が足りなくても臨機応変に対応し、それが住む人にとって不満でなければいいわけです。
ただ、傾向としてリビングでいろいろなことが行われているので、リビングなどの公室の面積を今よりも増やした方が使い勝手は良くなるだろうと思います。逆に私室はそこまで広くなくてもいいのかもしれません。家族が密着していることと矛盾しているように感じるかもしれませんが、一方で個人化も進んでいます。プライベート空間の重要性や夫婦でも個室を持ちたいという希望はあるので、小さくても作る必要はあると思います。

――では日本の住宅はこのままでいいのでしょうか? さらに改善すべき点などはありますか。
番場准教授 戦後以降の日本の家は、家族のための閉じられた空間になっていることが多いと思います。戦後にいわゆる「団地」といわれる集合住宅を国がまとめて供給した時に、資材も資金も限られる中で効率的に多くの人に住宅を行き渡らせるのには最適なプランだったのだと思います。ここで重視されたのは、家族ごとのプライバシーでした。隣との距離が近くても、鉄の扉や鉄筋コンクリートで“閉じる”ことで、プライバシーを確保していたのです。
かつては家族単位で暮らすパターンの多かった住宅ですが、現代になり、夫婦二人や一人暮らしなどの少人数世帯がとても増えています。閉じた家の中では、何かあったときに気づかれにくく、孤独死が増えるなどの傾向があります。そこでぜひ“開く”ことを考えていただきたいなと思います。けれどもいきなり開くというのは抵抗がありますし、かつての日本家屋のような襖だけで閉じられた家に戻ることも難しいと思うので、どう開くかが重要になります。その一つとして、「中間領域」とよばれる、家の中と外の間を取り持つ空間やその重要性を考えるべきかなと思っています。
――中間領域というと、具体的にはどのような空間を指すのでしょうか?
番場准教授 昔の縁側とか土間などが中間領域にあたります。これらを現代風にアレンジし、家の中でも外でもない空間があるといいと思います。コロナ禍を経て、「アウトドアリビング」と呼ばれる中間領域も注目が集まっていますね。また、欧米の住宅にあるような、街並みと一体化する庭なども中間領域といえます。敷地を塀で囲むのではなく、アプローチを広く取ったり部屋の一部分を開放したりすると、外とのつながりが出てきます。
このスペースには、来訪する人を受け入れてコミュニケーションをとったり、好きなものを飾ったり、いろいろな可能性があります。強盗などの犯罪も警戒されていますが、閉じすぎることで起こる課題もあるので、社会問題の解決法としても見直されるべきポイントだと考えています。それに人の目が気になれば庭や家を手入れしようと思いますし、気持ちが外に向いて、周囲との関係やコミュニティの形成に結びつくきっかけになるのではないでしょうか。
――最後に、これからの住宅をどう考えているのか、お聞かせいただけますでしょうか。
番場准教授 今後も家族の考え方や住まい方はどんどん変化していくと思います。住み継ぐ、子孫に残していく、という考えも今は変化しています。
少子化が進み、空き家も増えると予想される未来。街が新しく作られていく時や家のリフォームのタイミングには、家の中だけでなく、中間領域や共用部分、外とのつながりを感じられる空間を作っていただけたらいいなと思います。エリアにもよりますがそのくらいの土地はきっとあるはずなので。
また、家に無理に合わせるのではなく、今の自分の状況に合った住まいを考え、柔軟に住まい方を変えていくのもいいと思います。その選択肢には住み替えもあるかもしれません。あるいは、空き家を利用した2拠点生活なども考えられます。住まいへの考え方がもう少し自由になるような世の中になっていくと、人生がもっと豊かになると思います。
昭和女子大学環境デザイン学部環境デザイン学科准教授 番場美恵子氏
昭和女子大学家政学部卒、同大学院生活機構研究科生活機構学専攻博士課程修了、博士(学術)。現職は、昭和女子大学環境デザイン学部環境デザイン学科、同大学院生活機構研究科環境デザイン研究専攻 准教授、環境デザイン学科学科長、一級建築士。専門分野は住生活学、住居学、建築計画。日本建築学会、日本家政学会所属。著書に「住まいの百科事典」(丸善出版、共著)「地域とつながる高齢者・障がい者の住まい: 計画と設計 35の事例」(学芸出版社、共著)がある。
昭和女子大学 教員紹介・研究業績: https://gyouseki.swu.ac.jp/swuhp/KgApp/k03/resid/S000154
researchmap:https://researchmap.jp/read0128475
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