日本には古来より優れた木造建築がありますが、戦後にはコンクリート造の建築が主流となり木造建築は廃れるようになってきました。しかし近年では木造建築にも注目されるようになり、耐震設計が行われている建築物も増えてきています。
関東学院大学で構造分野の研究を行う神戸 渡氏は、「地球環境問題の観点や、日本国内の林業活性化の観点から木造建築物は今、非常に注目されています」と話します。そこで今回は同氏に、木造建築の問題点や、今後、日本の木造建築はどのような形を目指していけば良いのかを伺いました。
一昔前に比べ、木造建築の耐震性は向上している
――神戸教授が研究されているテーマについて教えてください。
神戸 渡氏(以下、神戸教授) 木造建築物の耐震性能に関する研究がメインテーマです。木造建築のことを研究している方は全国に多くいらっしゃると思います。その研究は、建材、接合、建物全体の振動実験など、さまざまに分類されますが、私の研究は建材と接合部の橋渡しに関するものが最も多くなっています。建築物全体の実験も経験していますが、メインは建材や接合部です。
――木造建築の研究を進める中で、耐震性についてどのように考えていますか。
神戸教授 一昔前、私が大学生だった頃は、高層建築はRC造やS造の鉄骨で造られることが一般的でした。特別な建築物を除くと、木造建築は主に2階建て以下の住宅に限られていました。しかし近年では、横浜に建設された44mの純木造耐火建築物「Port Plus」のような、ビル建築物が木造で建てられるようになってきています。また、現在東京駅前に20階建の木造ビルの建設が予定されていると聞きます。このように一口に木造建築といっても、その範囲はかなり広くなってきています。
高い建物の構造性能と、木造が従来担ってきた住宅の構造性能を、例えば地震力の規模でいうと大きく異なるので、同じ尺度で比較するのは難しいと思います。しかし2000年に施行された建築基準法の改正により、木造建築に対するさまざまな計算が可能になりました。例えば、京都大学生存圏研究所に在籍する中川貴文准教授が中心になって開発された「Wallstat(ウォールスタット)」※1という解析ソフトは、木造住宅を倒壊レベルまで追跡できます。その他、多くの研究者が貴重な実験・研究を進めており、そのおかげで、一昔前と比べると構造設計手法はレベルアップしており、それに基づき建築しているので、建物の耐震性能は高まっているといえます。また住宅の研究で培われた技術が、高い建築物における技術に応用されていると思います。
木造建築における耐震性は上がってきてはいるものの、現場のスキルが重要
――そのような状況の中で、日本の木造住宅の問題点にはどのようなことがあるでしょうか。
神戸教授 建物の耐震設計は、建築した時の性能ですが、建物を使い続けていると劣化する可能性もありますので、それに対するメンテナンスが重要と考えます。建物の使い方を誤ってしまうと、木材が腐食してしまう可能性もあると思いますので、定期的な点検が必要だと思います。また状況によっては補修も必要になるかもしれません。床下だけでなく、テラス周辺や、外壁部など注意をした方が良いところがあると思います。メンテナンスの計画はオーナーの意向もあると思いますので、難しいポイントだと思われます。
――最近の木造建築における耐震性は向上していますか。
神戸教授 はい、耐震性は上がっていると考えています。ただ、耐震性を上げる方法よりも、それを下げないためにどうするかが大事です。耐震基準に則った木造建築物の施行が必要です。現在の耐震基準は阪神淡路大震災後に行われた研究成果を反映したものとなっています。2000年に建築基準法は改正され、それに基づいて作られた建物は耐震性が高くなっていると言えます。この研究で特に指摘されたことは「木造建築の弱点は接合部にある」ということだと思います。
阪神淡路大震災の時の調査で、木造住宅の接合部、例えば筋かいは、釘で簡単に留められているものも少なからずあり、それらが倒壊の原因であることが、研究で明らかとなりました。そのため、接合部に設ける金物のルールが決められ、それにより、接合部での損傷を防ぐことができるようになり、結果として耐震性が高まったといえると思います。ただし、設計時に考えたことが現場で施工されていることが最も重要ですので、設計だけでなく、現場のスキルも非常に重要です。
――木造住宅における現場のスキルが上がってきているということでしょうか。
神戸教授 調査をしたわけではないので、明言は難しいのですが。例えば、ハウスメーカーの場合は、各会社が仕様や施工のルールを決めているので、現場のスキルの維持はしやすいのではないかと思います。しかし、個人経営の工務店の方が大多数ですので、すべての工務店の技術レベルを一定にするというのは難しいかと思います。例えば接合部用の金物も様々なものがあると思いますが、施工しやすいもので、かつ性能が高いものとなれば、一定の技術以上の工務店であれば、同程度の性能を有する建物にすることができると思います。現在は、性能をきちんと確認するということがより重要になってきていますので、経験則だけで建ててしまうとその性能に不明な点が残ってしまうので、現場が法令の意味や技術のポイントを適切に理解してもらうことが何より大事かと思います。
――現場スキルを向上させるための共通の基準はありますか。
神戸教授 日本建築学会の木工事仕様書などの技術基準が資料としては重要となります。ただし、書面だけではわからないところもありますので、その性能を体感するというのは重要なことと思います。例えば、東京大学の稲山正弘教授や、東京都市大学の落合講師が運営されている、「壁-1GP(カベワングランプリ)」※2というものがあります。ここでは、実物大の木造耐力壁を組み立てて強度を競う試験を行っており、技術と性能を同時に体験できる貴重な場となっています。また、木造建築に特化した教育施設である高知県立林業大学校では、授業の一環として壁実験を行っていると聞いています。その他にも、建築士会などが行っているイベントなどでも同様のものが実施されていると聞きます。どれも特徴的で良いものと思います。
- 壁-1GP(https://kabe-one.main.jp/)
――各工務店の姿勢によっては変わってくるということですね。
神戸教授 その通りです。建築士会の中で、このような問題に気づいている方々がイベントを主導してくれると、地方のつながりを活用してより効果的に対応できるでしょうね。
地方経済の活性化にもつながる木材を使ったフラードームを研究
――地域産材を用いた木造フラードームを神戸教授が研究をされていると拝見しましたが、どのような目的で研究を行っていますか。
神戸教授 フラードームは正多面体を細分化して球体に近づけた建築で、最初はドームを製造するハウスメーカーから、その性能をより高めたいという要望がありました。フラードームは計算だけでは完全には把握できない部分があるため、偶然にも私の研究室に試験の依頼がありました。
私たちは、現在の仕様でどれくらいの性能が出るかを実験的に積み上げ、弱点を特定して仕様を変更することで性能を向上させました。依頼をいただいた工務店は、この研究成果を建物の性能向上に活用しています。
物件は山梨に拠点を置くハウスメーカーからのもので、山梨周辺で建てられたドームが多くなっています。しかし、他県からも別荘としての利用を希望する依頼があり、建築時には私たちの研究成果が役立てられていると思います。
――木造フラードームは、どのような成果を得られていますか。
神戸教授 山梨県でのフラードームプロジェクトでは、その地域特有の特徴を活かした成果があります。山梨は雪深く、豊富な木材があり、高標高のため星空が綺麗です。このため、天井にトップライトを設けることで夜間の天体観測が可能になりますし、フラードームの高い天井はゆったりとした空間を提供し、高級住宅や別荘としての利用に適しています。このアプローチにより、地元ハウスメーカーに経済的な利益がもたらされ、木材の利用も増加しました。これは地方経済の活性化にも寄与していると思います。
様々な技術を柔軟な姿勢で組み合わせることにより、木造建築の将来に無限の可能性が生起
――神戸教授は「日本の林業活性化の観点からも木造建築物は非常に注目されている」と言われていますが、どのように注目されているのか、具体的に教えていただけますでしょうか。
神戸教授 木造建築物を用いることで、伐採された木の場所に新しい木を植えるサイクルが促進されます。新しく植えた木は成長過程で多くのCO2を吸収し、地球環境のCO2削減に寄与します。建築物の骨組みとして木を多用すると、この循環が活性化されます。中大規模の木造建築が増えていますが、まだ特別な建物としての印象があるのか、普及のスピードは十分とは言えないと思います。
一方、公共施設や高齢者向け福祉施設などの木造建築例は増えています。これらの施設は階数は少ないかもしれませんが、面積的には比較的規模が大きく、木材の使用量が多くなります。特に高齢者向け福祉施設の木造建築は注目されており、介護職の人手不足を解消する新しい働き方の提案にもつながると考えています。例えば、午前中は施設の仕事に従事し、午後はテレワークという働き方が可能になります。
住宅地に建てられるこれらの施設は、地元の工務店や働き口を求める人々にとっての助けとなるでしょう。このような「街ぐるみの働き方改革」が今後有用になると考えます。木造建築においても、中大規模の建物に対する技術は重要ですが、住宅規模でも耐震性を確保しつつ活用できる枠組みの構築が大切です。
――最後に、今後、日本の木造建築はどのような形を目指していけば良いのか、神戸教授の助言をお願いします。
日本は法隆寺など、世界最古の木造建築物を有する国です。これらの建築物をどう維持していくかは、重要な問題です。文化庁が京都に移転したのも、このような伝統的な木造建築物に対する配慮が一因だと考えています。また、文化庁の移転は観光産業にもつながりますので、非常に大切です。
長く残る木造建築の技術を受け継ぐことが必要です。伝統技術を持つ職人が高齢化しているため、彼らが健康に長く活動し、その技術を次世代に伝えられるような環境づくりが求められます。
現在、世界一高い約85mの木造ビルがノルウェーにありますが、このような規模の木造建築を造ることも日本における今後の目標の一つになると思います。木材、住宅、伝統など、各分野の技術がそれぞれ活用されることで、より多くの可能性が開かれると思います。
今後は、様々な技術を柔軟な姿勢で組み合わせていくことで、木造建築の将来には無限の可能性があると考えています。様々なアイディアを共有し、木造建築がますます発展してくれればと思っています。その結果。経済、環境などがよりよくなり、みながより幸せに暮らせるようになればと思っています。
関東学院大学 建築・環境学部建築・環境学科 構造分野 神戸 渡氏
2007年3月 信州大学大学院修了 博士(工学)。2007年4月から2009年3月 秋田県立大学木材高度加工研究所の研究員。木ダボ接合を用いたラーメン構造の研究、木質材料を対象とした破壊力学の基礎研究に携わる。2009年4月から2013年3月 東京理科大学工学部建築学科伊藤拓海研究室の助教。木材-鋼材のハイブリッド構造に関する研究、木質材料を対象とした破壊力学の基礎研究、木質材料を対象とした座屈強度に関する研究に従事。
2013年4月には関東学院大学建築・環境学部建築・環境学科の講師、2018年4月には関東学院大学建築・環境学部建築・環境学科の准教授を経て、2023年4月から関東学院大学建築・環境学部建築・環境学科の教授。木質材料を対象とした破壊力学の基礎研究や破壊力学を応用した木質構造接合部の強度に関する研究、木質材料を対象とした座屈強度に関する研究、筋かい耐力壁を対象とした補修方法に関する研究、木材を用いたフラードームの構造性能に関する研究、木質構造の教育手法に関する研究に携わり、現在に至る。
関東学院大学 建築・環境学部HP:https://arch-env.kanto-gakuin.ac.jp/teachers/581/
神戸研究室:https://wkambe.wixsite.com/my-site-1
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